心体氣功・こころメンテナンス

心体氣功・こころメンテナンスは、古い感情や思考の癖を取り除き、心と体の気の流れを整えます。

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愛と恐れについて その2(ココロカガク編)

      2016/02/16

人生を変えたいなら、セルフイメージから♪ こころメンテナンス・インストラクターの吉村竜児です^^ 今回も前回に引き続き「愛と恐れ」について お話ししていきますが、今回はちょっと理論的な 切り口で捉えてみますね。 元々『愛』とは何だかよくわかっていなかったぼくですが、 子育てをきっかけに何やら心の中に大きなエネルギーの 流れみたいなものがあるのを感じるようになりました。 このエネルギーの感覚を、当時学んでいたNLP心理学や エネルギーヒーリングの学びに取り入れていったことで、 それまでは知識として知っているだけだった心の構造を ぼくはより感覚的に捉えることができるようになっていきす。 そして、脳波測定器など様々な機械を使った検証や、 思考実験を繰り返した結果、どうやら多くの心理学者たちが 提唱している潜在意識というものは、ただの観念的なモデル ではなくて、電磁場のようなエネルギーの領域として本当に 存在しているみたいだと考えるようになりました。 とはいえ、これも決して科学的な証明というレベルの 話ではないので、あくまでひとつの見解です。 ぼくは自分の理論の正しさを証明することよりも 「効果的な癒やしを必要としている人たちに届ける」 ということを重視する立場を取りたいので、 ひとまずはひとつの可能性としてこんな風に 考えてみてください^^ ーーーーーーーーーー ぼくたちの心は何か電磁場のようなエネルギーの 領域とつながっていて、潜在意識と呼ばれている 心のより本質的な部分はそちらの方に存在している。 ぼくたちは脳だけでものを考えたり感じたりしている のではなく、むしろ脳や肉体はアンテナのようなもので、 心のエネルギーの領域から送られてきている情報を キャッチして表現活動をしている。 ーーーーーーーーーー 人間がこの本質的な心のエネルギーの領域とつながって 情報をやりとりしたり、行動を起こしたりするときに、 言葉はとても重要な役割を持っています。 但し、言葉その物に意味があるのではなくて、 本当にアクションを起こしているのは『意図』であって、 単語や音としての『言葉』は『意図』を見える化して 操作しやすくするためのツールに過ぎません。 もし心の活動がすべてエネルギーの動きだとしたら、 感情や思考などの精神活動も力学的に捉えることが できるはずです。 この考えをベースに、様々な心理学やスピリチュアルの 体系や資料を更に検証していった結果、 ぼくがたどり着いた仮説はこんな感じです。 ーーーーーーーーーーーー 人間の意識の大本は2つの対称的なエネルギーの 源泉とつながっている    ↓ ひとつは「つながってひとつになろうとするエネルギー」 もう一つは「分離して遠ざかろうとするエネルギー」    ↓ 思考や感情など、意識の活動のすべては、 根本的にはこのどちらかのエネルギーから発生している 表現のバリエーションのようなもの    ↓ 意識は必ずどちらかの源泉につながっているので、 つながっている方のエネルギーが増えていく (※ちなみに、これはかなり簡略化しているので、   全体像をお伝えするともう少し長くなります^^;) ーーーーーーーーーーーー この「つながってひとつになろうとするエネルギー」が 一般的に『愛』という言葉で表現されていて、 「分離して遠ざかろうとするエネルギー」が 『恐れ』という言葉で表現されているものです。 『愛』とか『恐れ』という言葉にはすでに、 ものすごくたくさんの多様化したイメージや観念が ついてしまっている場合もあるかと思いますが、 一旦それらをすべて脇に置いて、 単純にそれぞれの作用を引き起こす力と方向性を 持ったエネルギーとして捉えてみてください。 これらは真逆の性質を持ったエネルギーですが、 表面的には同じように見える表現が可能です。 ある物体の右側から、左側へ押す力をかけても、 左側から引っ張る力をかけても、物体は同じように 右から左へと移動するのと同じようなことだと イメージしてみてください。 しかし、表面的には同じ形に見える事柄でも どちらのエネルギーを使ってその表現をしているか によって、本質的にはまったく異なった質の 出来事となってしまいます。 例えば、誰かにプレゼントするというという行動を 例にとって考えてみましょう。 「相手と喜びを分かち合いたい」というような 意図でプレゼントをする場合と、 「相手を喜ばせることで自分の印象を良くしよう」 という意図でプレゼントをする場合、 表面的には「誰かに何かをあげる」という まったく同じ行動なのですが、プレゼントを あげている側の心の中でのアクションは まったく違っています。 「相手と喜びを分かち合いたい」という意図は単純に 相手と「つながりたい」「ひとつになりたい」という エネルギーの表現です。 対して、「相手を喜ばせることで自分の印象を良くしよう」 という意図は若干複雑です。 そこには「自分の印象は良くない」とか 「このままでは悪くなる」という前提や、 「印象が悪くなることを回避する」という隠れた意図が 潜んでいることが見えてきませんか? そうです^^ 「印象が悪くなる」という望ましくない、 つまり良くない状況をあらかじめ想定して、 そのことを恐れての行動を取っている、 と言い換えることができますよね。 一見同じことをしているように見えて、 こちらは実は回避行動なのです。 「良くない」という意味づけで自分から分離させて、 遠ざけようとするエネルギーの表現です。 どちらのケースも、本当の目的はその人に 「物をあげること」そのものではありません。 その行動によって得ようとしている結果、 あるいは創り出そうとしている未来がまったく 違います。 なので、そのことによって引き起こされる その後の展開もまったく違ったものになって当然です。 しかも、どちらのエネルギーも、増えれば増えるほど 同質のエネルギーを増やそうとしていく作用が働きます。 つまり、愛により多くアクセスしている人の周りには 愛が集まってきて、愛が増幅していきます。 いつも恐れにアクセスしている人の周りには、 恐れそのものや、恐れを誘発する要素がどんどん 増えていきます。 たとえ本人がそれを恐れと認識していなかった としてもです。 一見難しく感じるかもしれませんが、 「つながるエネルギーはつながるエネルギーを増やしていく」 「回避のエネルギーは回避のエネルギーを増やしていく」 と考えるとけっこう単純です。 A地点からB地点へ移動する場合に、単純にB地点に 行きたくて行く場合と、A地点が嫌だからB地点に行く 場合では、B地点に移動したという点は同じですが、 原動力になっているエネルギーがまったく違います。 A地点を回避するという目的なら、B地点でなくても 良いのです。 C地点やD地点があったらそちらでも良い ということになります。 つまり、目的地に確実にたどり着くためには、 回避のエネルギーはまったく適していません。 回避のエネルギーだけを使って目的地にたどり着くためには、 その他の可能性をすべて消去して、他に選択肢がない状況を 作らなければいけません。 多くの人たちはこうやって長年かけて築き上げてきた 無数の「閉ざされた可能性」の山に、自分の人生を 埋もれさせています。 あなたが何かを決断するときに、これをやっていませんか? まずは自分の思考や感情、行動に「回避のエネルギー」が 含まれていないか、よく観察して捉えてみてください。 もしかしたら同じ場所で同じ行動を取っていたとしても、 それを「つながるエネルギー」で代用することが できるかもしれません。 もしあなたが「回避のエネルギー」の山に埋もれている としたら、まずはそれらをこつこつ片付けていきましょう。 自分の中にある「つながるエネルギー」が本当はあなたを どこに連れて行こうとしているのかが見えてくるかも しれません。 「何が嫌か」 「何を避けたいか」 で、進む方向を決めていませんか? それは回避です。 それよりも、 「何が欲しいか」 「どうなりたいか」 「どんなときに幸せか」 これらを探求してみてください^^

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