心体氣功・こころメンテナンス

心体氣功・こころメンテナンスは、古い感情や思考の癖を取り除き、心と体の気の流れを整えます。

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愛と恐れについて その1(スピリチュアル編)

      2016/02/16

人生を変えたいなら、セルフイメージから♪

こころメンテナンス・インストラクターの吉村竜児です^^

今回は次回と2回にわたって「愛と恐れ」についてお話し
していきます。

というわけで、まずはちょっとスピリチュアルな観点で
「愛」についてお話ししたいと思います。

数年前だとスピリチュアルというと
オカルトチックなイメージが根強かったので、

スピリチュアルな観点の話を
オカルトに興味がなかったり懐疑的な人たちに
伝えるのはなかなか難しかったのですが、

最近は以前よりもオープンな認識が
世間に広まってきているようなので、

ちょっとハードルが下がってきた感じがしています。

とりあえず、ちょっとスピリチュアルですが、
あまりオカルトっぽくはない話だと思いますので、
肩の力を抜いて読んでみてください^^

皆さんは「愛」と「恐れ」と言うと
どんなイメージがありますか?

「愛とは?」みたいなテーマで
数え切れないほどの本も書かれているので、
ちょっと観念的で難しいというイメージも
あるかもしれませんね。

実際、ぼくも長いこと「愛」ってなんだか
よくわかっていませんでした^^;

特に、ぼくの母方のおばあちゃんが
家族を自分に従わせようとするときなどに
「愛」という言葉をよく使っていたので、

その枠組みの中で言えば、ぼくにとって
「愛」とは、恩着せがましくて支配的で
重苦しくて気持ち悪い印象の言葉でした。

なので、ぼくが「愛」を感覚的に捉えられたのは、
娘たちが生まれて子育てを始めてからです。

それまでは本当によくわかっていませんでした。

人はお互いに利害が一致する同士で
協力関係を結ぶもので、それ以外は基本的に
干渉し合わないのが、争わずに暮らすための
最善策だと思っていたぐらいです。

腹の底では、そもそも愛などというものは
存在しないと思っていたのかもしれませんが、

とりあえずは双方の利害を尊重して、
ギブ・アンド・テイクで協力し合うか、

それ以外の人たちは邪魔しないでそっとしておこう、
みたいな一種の善意は持ち合わせていたので、
それなりに普通の生活は営めていました^^;

なので、子育てを始めて、自分の中の感覚や
価値観がどんどん書き換わっていく体験は
まさに驚愕でした。

その時ぼくは確かに何かのエネルギーの
動きのようなものの存在を感じていました。

「ああ、これのことだったんだ・・・」

今まで見たり読んだりしてきたたくさんの
映画や小説などで語られていた、

ぼくにとってはフィクションの中だけに登場する
ドラゴンボールの元気玉みたいな、
ファンタジーの産物と思っていたものが

「うわぁ、ここに本当にあったよ・・・」

みたいな感じでした^^;

そして、これはぼくの祖母が人を支配しようと
するときによく使っていた、

「私はあんたたちのことをこんなに愛しているのに・・・」

というセリフの中に登場する「愛」という言葉とは
明らかに違うものでした。

なので、何か「愛」に変わる言葉で言い換えることは
できないかと考えてみましたが、このエネルギーの
全体を包括して一言で捉えられる言葉となると、

「やっぱり『愛』かぁ・・・」

となってしまいました^^;

そして、

「なるほど、この辺が言語の限界なんだろうな」

という結論にぼくは至ったわけです。

とはいえ、これはあくまでもぼくの個人的な見解ですが^^;

ただこのことから、言葉その物は記号にしか過ぎなくて
本質はもっと捉えどころのない心のエネルギーみたいな
ものなんだと考えるようになりました。

そして、それらの本質的なエネルギーの情報を捉える
感覚が、肉体の五感とは別に人間には備わっている
みたいだ、ということに気づきました。

これがいわゆる第六感です。

非常に微細な感覚ではありますが、その他の五感と
同じように訓練で研ぎ澄ませていくことができます。

このことに気が付いたことで、当時勉強していた
心理学やヒーリングの学びが一気に加速していきました。

(つづく)

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