心体氣功・こころメンテナンス

心体氣功・こころメンテナンスは、古い感情や思考の癖を取り除き、心と体の気の流れを整えます。

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そもそも『心』って何なの?

      2016/02/16

人生を変えたいなら、セルフイメージから♪

こころメンテナンス・インストラクターの吉村竜児です^^

いつもお読み頂いている皆さま
ありがとうございます♪^^

先日の一斉遠隔ヒーリングにご参加頂いた皆さまは、
その後いかがですか?

よろしかったらぜひ感想を聞かせてくださいね。

感想を送って頂いた方にはスポットでまた
遠隔ヒーリングさせて頂きます♪^^

3月のテーマも後日発表しますので、
お楽しみにしていてください。

一応、どういうテーマにするかは大まかには
決めてあって、どんなエネルギーに調整していくかを
探求している最中ですが、リクエストとかありましたら
柔軟に対応していきますので、お気軽にメッセージ
くださいね^^

さて、それでは今日のブログのトピックは
「そもそも『心』って何なの?」ということですが、
形の無いものなので定義するのが難しいですよね^^;

有名な「やほー(Yahoo!)」の辞書で調べたところ
こんなにいっぱい出てきました。

ーーーーーーーーーー


人間の体の中にあって,広く精神活動をつかさどるもとになると考えられるもの。

人間の精神活動を知・情・意に分けた時,知を除いた情・意をつかさどる能力。喜怒哀楽・快不快・美醜・善悪などを判断し,その人の人格を決定すると考えられるもの。 「 -の広い人」 「 -の支えとなる人」 「豊かな-」 「 -なき木石」

気持ち。また,その状態。感情。 「重い-」 「 -が通じる」

思慮分別。判断力。 「 -ある人」

相手を思いやる気持ち。また,誠意。 「母の-のこもった弁当」 「規則一点張りで-が感じられない」

本当の気持ち。表面には出さない思い。本心。 「 -からありがたいと思った」 「笑っていても-では泣いていた」

芸術的な興趣を解する感性。 「絵-」

人に背こうとする気持ち。二心。 「人言(ひとごと)を繁みこちたみ逢はざりき-あるごとな思ひ我が背子/万葉集 538」

ーーーーーーーーーー(出典:大辞林 第三版)

まぁ、いろいろ書いてありますが、
ここはひとつ、ぼくたち人間にとっては、

「形の無い本質の部分」

みたいな捉え方ではどうでしょうか?^^

ちなみに、「体の中にあって…」の部分は大変疑問です。

というのも、もし体の中にある物なら、
お医者さんたちが解剖実習の時などに何度も
『心』手にとっていて、もっといろいろなことが
すでに解明されていても良いはずです。

なので、ここからはあくまでもぼくの仮説ですが、

『心』(ココロ)はテレビやラジオ放送のように、
一種の電磁場のような領域にその本体というか、
元になっている情報やエネルギーがあり、

肉体の様々な神経やDNAがアンテナになって、
そこからの信号をキャッチすることで、
ぼくたちの肉体や精神は活動をしている。

そして、一人ひとりのココロは決して個別に
分かれている物ではなくて、
どこかでつながっているネットワークのような
構造を持っている。

と考えてみるとどうでしょうか?

そのように考えると、
ぼくたちが実は日常的に目にはしているけど
現代の科学では解明されていない、

「虫の知らせ」

だったり

「言葉を交わし合っていないのに
 気持ちが伝わる体験」

だったり

「確率的にはあり得ないような偶然の引き寄せ」
(シンクロニシティ)

みたいな事柄もなんとなく説明がつきます。

それでは、いったいどんなつながり方を
しているのでしょうか?

形のない世界をイメージ化するので、
ひとつの喩えとして捉えてくださいね^^

ぼくたちのココロは実は一本の大きな大樹です。

その幹からは大きな枝が何本も出ています。

それらの枝は、もう少し細い無数の枝に
枝分かれています。

それらの枝分かれした枝も、更に細い無数の枝に
枝分かれしていきます。

そうして、何度も枝分かれした先の、
無数の小さな枝先が、
ぼくたち一人ひとりのココロです。

おそらく人間のココロだけではなくて、
動植物や無機物や、形の無い概念みたいな物も
その中には含まれているでしょう。

しかし、すべては一本の大きな樹です。

生命体としては、ひとつの存在です。

そう考えると、肉体を持った個人としての人生は、
さながらその枝先に咲いた一輪の花のようなもの
とも言えますよね。

つぼみが花になって、実をつける。

実が落ちても、枝先はまだそこに残っていて、
また翌年にはつぼみがついて花を咲かせる。

そんな風に考えると、輪廻転生みたいな概念も
なんとなく説明がつきますよね^^

実際に胎内記憶や前世記憶といったものを
専門に研究して、かなり信憑性の高い事例を
多く集めている科学者たちもいるそうです。

まぁ、そこは信じる信じないは個人の自由なので、
ひとつの考え方のモデルと捉えてもらえたら
よいかと思います。

ただ、もしすべてのココロが一本の大樹のように
元はひとつの生命体だとしたら、

全体が調和してすべてのエネルギーが隅々まで
行き渡って循環しているのが正常な姿ですよね^^

その可能性に対してオープンになってみたとしたら、
その先には更にどんな可能性が見えてきますか?

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